諭吉と言えば、福沢諭吉。まあ、殆どの日本人なら知っている名前だと思います。
この冬休みの娘の宿題の一つが、「諭吉の写真を撮って、その時のImpressionを書くこと。」
妻からの又聞きなので、正確ではないが、最初は何のことが全く不明。わかった事は、普段行かないような所に行き、そこで福沢諭吉を含んだ写真を撮り、訪問先に関するエッセーを書くらしい。
娘の通っている学校は、Keio Academy of New Yorkと言う事で福沢諭吉。もちろん、エッセーは英語らしいが、一番の問題はどこか普段行かないような所に行かなきゃいけない。
クリスマス以降、年末から年始に掛けて雪は積もってるし、超寒いはで、友人宅に行く以外は殆どは家の中。日本から来ている同級生は日本に帰ったので、そこで課題は達成。母親と相談の結果、近場で、Manhattanにある国連ビルの見学と決めていたようだが、1月4日に行こうとしたら、この時期の日曜日は見学不可。
結局、翌日の月曜日に行って、国連ビル内を案内してくれるツアーに申し込んだらしい。写真は、諭吉の切り抜き写真が入ったもの。
ツアーには、日本語コースもあったが、夕方しか無かったので英語コースを申し込んだらしい。どんな英語のエッセーを書いたか私は知らない。どこの家も同じで、子供の教育に参加していない父親でした。
13 件のコメント:
福沢諭吉ですか~
今は一万円札を「諭吉さん」と呼びますねぇ(笑)
「諭吉がさ~」とか(笑)
しかし、どこの学校でも宿題は難しそうですね・・・
ウチの息子も
「達人の技をみて思ったこと」
みたいな感想文?レポート提出ありました(笑)
パー子さん、
諭吉と聞けば、一万円の事ですね。私も、最初は一万円を持っていくのかと思ったくらいです。
アメリカに来ると、宿題の比率が日本より高いので、最初の年は大変でした。子供は英語が出来ないので、親が助けないと何もできない時期があったのです。最近は楽になりましたけども。
英語でのエッセーといっても、もう言葉の問題はないですよね。 うらやましい限りです。
福沢諭吉という事は、今NHKで放送している坂の上の雲からの影響でしょうか?
丁度、私もこの本を読み終えたところですが、主人公の兄の秋山好古の尊敬していた人が福沢諭吉でした。
司馬遼太郎氏の本は大好きで、毎回氏の本を読む度に莫大な資料をもとに書いておられることに驚かされます。
素晴らしい作家を失くして、本当に残念です。
スノーマンさん、
言葉の問題は未だあるでしょうね。アメリカに来たのが中学2年、それから一年半ですので、聞く方は上達したようですが、書く方は未だ苦労しているようです。
司馬遼太郎の作品で、私は歴史に興味を持つようになりました。学生時代は、大学入試のための歴史であり、地理であり、政治経済だったものが、歴史を物語りとして理解する事で、関連する地理、政治経済が自然の流れの中で理解できたのです。まさに学校で習う社会科が実は密接に関連する分野だと大人になって築いたtrimetalでした。
坂の上の雲は年末の放送を全部見ました。DVDにも残ってます。一年後に続きを見るときに、もう一度見直さないとね。
なお、本文ではちゃんと書かなかったのですが、Keio Academy of New Yorkとは、慶應NY校の事ですので、宿題の中に、深い意味も無くFounderの福沢諭吉が出てきたのでしょうね。
こんにちは。
うちの息子はまだ幼稚園なので次元が違いますが、この冬休みに、
「Ginger Bread Cookie guy」と色々なところに冒険に行って、その物語の思い出を書きましょう。という宿題が出ていました。
プリントには2枚目に白抜きのGinger Bread Cookieの形が印刷してあって、これに自分で好きなように色を塗って、出かけた先で一緒に写真が取れるようにしてあります。
うちは、まずラミネート加工しに行って、ウォーター・プルーフにして(その写真も取ったりして(笑))、海岸とか雪の中とかにも連れて行って、お話を作らせました。
全部想像でもOKだったんですが、写真があった方が本人もイメージ湧きやすいですしね。
Zさん、
お子様が幼稚園と言うことは、日本語よりも英語がNativeになりますね。両方共に中途半端にならないようにするのは大変だと聞いたことがあります。
ラミネート加工など結構凝ってますね。でも、後になって良い思い出になりますね。
小さいうちに、子供とのコミュニケーションがあると、いつまでも良い親子関係が持てると最近になって感じてきました。小さいうちが大事ですね。子供が中学生になって後悔しても遅いと思う今日この頃です。(まあ、辛うじて破綻はしていませんが)
>日本語よりも英語がNativeになりますね。
それをちょっと恐れているんですよね。(^^;
日本語をしっかりしてもらいたいと思ってます。
福沢諭吉と言えば、慶應義塾。。。。でしたね。
もっと、シンプルな理由だったんですね。
Zさん、
やはりそうですか。息子が通っている補習校にも日本語の怪しい子供が沢山いて、親は心配の人も多いようですね。
早いうちに日本に戻れば大丈夫だそうですが、遅くなればそれだけ難しい問題になりますね。
>日本語よりも英語がNativeになりますね。
我が家の場合、息子は4歳9ヶ月で渡米して一言も英語が話せないまま現地の幼稚園へ→以来ずっと現地校のみで現在に至ります。
親と会話をするときは例え学校の中でも英語を使ってはいけないきまりになっているので、日本語での日常会話は問題なくできますが読み書きは実際の学年より1年半くらい遅れて目下進行中です。
本人は"日本語=祖父母と話をしたり手紙を書いたりするために必要な言語"くらいに思っているらしく、日本語での敬語や目上の人への話し方は親が冷や汗をかくことも多く少々反省しています・・・
ひゃっぽさん、
ごじっぽクンは既にNative Speakerですね。今のうちに、日本語も真剣にやっておけば、将来非常に有利になりますので、頑張って欲しいですね。
私のように英語のできない駐在員は本当に辛いです。駐在員は帰国子女が多く、少々ズルイなと思いますが、彼らは海外に居た小さい頃に我々の二倍苦労したのでしょう。人生どこかで苦労しないといけないと言うことですね。
我が家の息子は11歳でアメリカに来て1年半ですが、未だに英語は出来ません。先生の言ってる事はある程度は分かっているし、読めるようになったので、数学だけは良い成績が取れます(日本人なら誰もそうでしょうね)。でも、数学と体育以外はとても大変です。
かと言って、日本語も劣化しているので、同様に心配です。日本の高校に行きたいなら真剣に勉強するように言ってますが、未だその気にならないようです。困ったものです。
こんにちは。
うちの息子も4-5歳ぐらいまで日本語がかなりできちゃってから渡米だと良かったんですが、生まれてからずっとこっちなので日本語が心配ですねー。
やっぱり2つ勉強するとちょっと遅れちゃいますよねー。
Zさんのお子さんはアメリカ生まれでしたか。
おっしゃる様な心配をされている両親は沢山いらっしゃいますね。本人も倍努力しないといけないし、二つともに完璧は難しいですよね。それを求めても可哀そうな気がします。
コメントを投稿